ぎりぎり<br>おにぎり
ぎりぎり
おにぎり

テレビを見るときは、部屋明るくして、
離れて観るのに
映画では暗くして観るのは、なんでだ?

第76回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀作品賞にあたる金獅子賞を受賞し、
アカデミー賞が確実視されている本作品。
日本での公開は、先日2019年10月4日(金)公開されました
トッド・フィリップス監督
ホアキン・フェニックス主演
そんな世界中で大ヒットしている
「JOKERジョーカー」を観てきましたので、感想を記します。

JOKER あらすじ

映画「バットマン-ダークナイト-」で、ヴィランとして敵役として登場した。
口が裂けるほど笑わせてやるよとゴッサムを恐怖に陥れたJOKER

本作品は、そのヴィラン ジョーカーを主役として、

「どのようにして彼が誕生したのか」に迫った作品である。

 財政難に陥り、荒んでいくゴッサムが舞台

脳と神経にマヒがあり、自身の意識とは裏腹に突如笑い出す病気を持つ、ピーター。
彼の夢は、コメディアンになることだ。

ピエロの姿で、楽器屋の閉店セールの宣伝を行っていたところ、町の不良たちに看板を奪われ、
オヤジ狩りに遭う。
その看板紛失の責任を主人公であるピーターのせいにされる。
報われない日々を送っていたピーター

後日職場の仲間から護身用に銃をもらう。
ピーターは、その銃を持ったまま、小児院で、ダンスを披露した中に、持ち歩いていた銃を落としてしまう。そのことで、職場をクビにされたピーター。

荒んでいくピーターをさらに闇へと落とす事件が次々に襲い掛かる。。。

電車内で、酔っ払っていた証券マン3人に絡まれた際に、持病が発生してしまう。
「何がおかしい?」と
バカにされたと勘違いした3人に蹴られるが、
ピーターは、持っていた銃で殺してしまう。

唯一の肉身、母親の介護を懸命にしていたピーター。なんとも心優しい人なのである。

が。その母親にまで裏切られてしまう。

母親は、昔、精神病を患っており、ピーターは、実は養子であったことが発覚。
実子ではなく、養子であることを知ったピーターは、母親にまで裏切られた
懸命に介護をしていた母親を殺してしまう

 母親の死後、落ち込んでいるであろうと、ピーターの元に、お酒と共に見舞いにきた、
護身用に拳銃を渡してきた、職場の仲間を殺す。
 ピーターに拳銃を渡したことを、所長に密告され、クビになったことや、ピーターがその銃で証券マンを殺したことで、警察がピーターの前職場をかぎまわっていた。
ピーターの元に訪れた本当の目的は、見舞いでなく、
警察に対して口裏を合わせようと提案をしてきたが、ピーターはそれを許さず、刺し殺す。

一緒に酒をもって来ていた同僚は、殺さず、

「君だけは、優しかった」と

犯行現場を見ていたにも関わらず、ピーターは、その場から彼を逃がした。

ピーターにもまだ良心の呵責があったのである。

最後には、ピーターの夢であった
コメディアン最高峰の番組に出演するも、
ユーモアの対象ではなく、自身のことをバカにした、笑い者扱いした
その司会者を殺す。
このときテレビで証券マン3人を殺したのは、自身だと仄めかす。

これを契機に元々荒れ狂っていた街が
暴動をおこし、街はさらに荒れる。

本当の意味で、ピーターことジョーカーが誕生した瞬間である。

鑑賞後の 感想

なぜ、この世にジョーカーという化け物が産まれたのか。

という今回の映画の話。

世の中は、金持ちを悪とし、
人間の本質がそのまま喜劇として描かれていた。

恐怖や恐れや分からないことには、忌み嫌い、臭い物に蓋をする精神。
ピーターの急に笑い出してしまう持病も傍から見ればわからない。

君はおかしい」と毛嫌いされる。
ユーモアの最高峰である番組に呼ばれ、憧れた人に笑い者扱いされる、
その様子は、とても心苦しいが、人は、そういうのがとっても大好きだ。
「人の不幸は蜜の味」という言葉があるぐらいなので。

失意・恐怖・絶望・無慈悲・悪夢・憤怒。人はこういうのに群がる。

持病のこともあり、承認的欲求が満たされぬまま、「彼はおかしい」と揶揄され続けた結果
ジョーカーという名のコメディアンが産まれた。
これこそが喜劇誕生(ピーター的に)なのである。

もちろん世間的には、悲劇なのであるが。

アカデミー賞確実と呼び声高い本作品。

バットマンを見たことない人にも楽しめるが、悪役がなぜ、悪役に至るまでの経緯が描かれているので、アベンジャーズやキングスマン等

ヒーロー系と比べて、観ていてあまり気持ちのいいもんではない。
けど、観ていて共感できる。これが人間の本質。

他人を批判し、煽り、民衆を掻き立てる。人の不幸は蜜の味。
いつだって笑われる方が主人公だ。

JOKER
JOKER

狂っているのは世間か。それとも俺か?
いつだってそうだ。
善悪を決めるのは、主観だ。
笑えるのか、
笑われないのか。

ただコメディアンになりたかった男は、このようにヴィランとして誕生した
なんとも悲しい話である。

アカデミー賞では確かにこういった、人間の真に迫る作品(昨年は、グリーンブック)黒人の差別に苦しむピアニストとその白人運転手の話しが受賞した。
確かに本作品は、ノミネートされるであろう。

普通とは何かを考えさせられた作品であった。

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